この世は夢のごとくに候

~ 太平記・鎌倉時代末期・南北朝時代・室町幕府・足利将軍家・関東公方足利家・関東管領等についての考察や雑記 ~

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栃木県足利市と足利尊氏の関係

私は先週、1泊2日の日程で、東京・栃木方面を旅行してきました。
今回栃木県へ行ったのは、前々から一度は訪ねてみたいと思っていた、同県の足利市を訪問し、市内にいくつかある足利氏所縁の場所や物等を見学するためです。

足利市は、関東平野突き当りの、楓の葉のように広がる山と裾野に位置する、清和源氏 義家流四男・義国からの足利氏所縁の地です。
かつて足利荘と称されたこの辺りは、平安時代末期に足利義兼が源頼朝の縁戚として鎌倉幕府創設に尽力して以降、有力御家人となった足利氏の本貫地として発展し、南北朝時代に足利尊氏が京都で幕府を開いて以降は、足利将軍家発祥の聖地として、幕府の直轄地となりました。
絹の産地として、近世近代に於いては織物業が発達した街でもあります。

しかし足利は、確かに足利氏所縁の地ではあるのですが、歴史的にみると、実は足利尊氏所縁の地とはいえません。尊氏自身は丹波国(現在の京都府綾部市)で生まれ、鎌倉で育ち、建武の新政以後はほぼずっと京都に拠点を置いており、彼自身は一度も足利を訪れた事が無いからです。
戦の都合とはいえ、尊氏は九州など、鎌倉や京都からみるとかなり遠い所にも行っているのですが、鎌倉と同じく関東地方であるはずの足利には一度も足を踏み入れていない事から、尊氏自身も足利という土地には特に強い思い入れは無かったのかもしれません。

つまり足利という地は、尊氏個人や足利将軍家所縁の地というよりは、尊氏の父・貞氏以前7代の足利家所縁の地、と云ったほうが、より正確かもしれません。
勿論、前述のように室町幕府も足利を特別な地として保護し、将軍家から足利の社寺への寄進等も行われてはいましたが、実際には、その立地関係から、むしろ足利は、足利将軍家よりも鎌倉公方足利家との関わりのほうが深かったようです。

というわけで、現在の足利には、本来であれば尊氏所縁のものは然程多くは無いはずなのですが、なぜか足利市内には、尊氏に関するものがいろいろとあります。
今回の記事では、私が足利市内で見てきた、それら尊氏と関係のあるものを紹介致します。


まずは、束帯姿の足利尊氏像です。
足利市のランドマークともいえる、日本最古の学校で日本遺産にも指定されている「足利学校」の直ぐ近くに立っており、台座には「征夷大将軍足利尊氏公像」と記されています。
日本史の偉人の一人ではあっても、足利という郷土の偉人というわけではない尊氏のこの像を、足利市民はどのように思っているのでしょうか。

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足利学校の近くには、平成3年のNHK大河ドラマ「太平記」の放送を記念して建てられた「太平記館」という観光案内所・お土産屋さんがありました。
この建物の名前を見た時、「あれ、足利って太平記の舞台になっていたっけ?」という疑問が一瞬過りましたが、そういう細かい事は言わない約束です(笑)。

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太平記館の中には、NHK大河ドラマ「太平記」で主人公・尊氏の役を演じた真田広之さんが、劇中で実際に着装していた甲冑一式が展示されていました。これが足利市に置いてある必然性については兎も角、これはこれでなかなか興味深い展示物でした。

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太平記館では、足利市のイメージキャラクター「たかうじ君」のグッズも売られていました。
足利市の公式ホームページによると、「足利学校の学校門と足利尊氏公の兜(かぶと)をかたどった帽子をかぶり、手には織物を持ち、足利市章を盛り込み、足利市をキャラクター全体で表現しています」との事です。
足利市が足利氏と歴史的に関係が深いのは確かなので、足利一門を代表する人物を市の象徴として使いたいというのは分かりますが、尊氏よりも前の世代の足利さんだと、誰を起用した所で知名度ではやはり尊氏に負けてしまうため、ここでも、あえて尊氏の名前を使う事にしたのでしょう。

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ちなみに、前出の「足利学校の学校門」というのは、下の写真の門の事です。今回、私は足利市には約3時間半滞在し、足利学校も見学してきました。
学校門に掲げられている扁額「學校」の文字は、明人の蒋 龍渓(しょうりゅうけい)が弘治元年(1555年)に来日した時の書を、当時の国史館の狛庸(こまやすし)が縮模したものだそうです。たかうじ君の額に記されている「學校」という旧字は、この扁額からきています。

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足利市中心部を東西に走るメインストリートのひとつである中央通り(旧国道50号)には、「尊氏通り」という愛称が付けられていて、尊氏通りの歩道には、その名称と尊氏の花押が刻印されたプレートが数メートルおきに埋め込まれていました。
室町時代なら、尊氏の花押の上を通行人が歩く(場合によっては踏みつける)なんて当然許されなかったでしょうね(笑)。

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というわけで、現在の足利市に、直接尊氏に関する史料・史跡等はほとんど残っていないものの、比較的最近になって作られた、尊氏に関するものはいろいろとあり、今回の旅行ではそういったものについても楽しみながら見てきました。
ちなみに、「足利氏宅跡」として国の史跡にも指定されている、足利市内の鑁阿寺(ばんなじ)というお寺には、足利家歴代大位牌、尊氏を含む歴代足利将軍15人の木像、尊氏直筆の書状など、直接尊氏に関わるものが現在もいろいろと保管されている事も、最後に一言補足しておきます。


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太平記のゲームソフト

突然ですが皆さん、「PCエンジン」という家庭用ゲーム機を知っていますか?
PCエンジンとは、昭和62年にNECホームエレクトロニクスから発売された据置型のテレビゲーム機です。昭和62年というと、今から30年近くも前の事ですから、今となっては、PCエンジンはもはや歴史的な存在のレトロゲーム機ですが、発売当時は常識を覆す高速・高性能を誇った、一世を風靡したゲーム機でした。

発売翌年の昭和63年には、家庭用ゲーム機としては世界初となる専用のCD-ROMシステムも発売され、その先進性は今でも高く評価されており、任天堂の絶対的なシェアを崩すには至らなかったものの、PCエンジンは新規ハードとして一定の普及に成功しました。
ちなみに、PCエンジンは、発売当初は主に任天堂のファミリーコンピュータと競合していましたが、後には、任天堂のスーパーファミコンやセガのメガドライブなどと競合しました。

以下の写真2枚は、数ヶ月前に我が家で撮影した、PCエンジンとそのソフトです。PCエンジンの本体は何度もリニューアルされていますが、私が所有しているのは、平成6年に発売された、PCエンジンの最終型「PCエンジンDuo-RX」です。

PCエンジン_01

PCエンジン_02


さて、今回このブログでなぜ突然PCエンジンを取り上げたのかというと、それは、PCエンジン用の以下の2本のゲームソフトを紹介するためです。
平成3年にインテックより発売されたPCエンジンCD-ROMの「太平記」と、平成4年にNHKエンタープライズより発売されたPCエンジンHuCARD(ヒューカード)の「NHK大河ドラマ太平記」の2本です。数年前に中古市場で見つけて購入しました。
どちらも、当時放送されていたNHK大河ドラマ「太平記」に合せて開発・発売された、南北朝時代をテーマにした戦略シミュレーションゲームで、この時代を舞台にしたシミュレーションゲームというのはかなり珍しいです。

PCエンジン「太平記」_01

PCエンジン「太平記」_02


PCエンジンのゲームソフトの形態は、大別すると、独自の規格である「HuCARD」というROMカードと、その後の各種家庭用ゲーム機でソフトの主流となっていった「CD-ROM」の2種類があり、太平記のソフトは、上の写真を見て戴ければお分かりのように、この2種に分かれて発売されました。
メディアとしてはCD-ROMのほうが新しいのですが、両ソフトを比較すると、実際にはCD-ROMの「太平記」よりも、HuCARDの「NHK大河ドラマ太平記」のほうが、ソフトとしては後発でした。

しかし実は私、この両ソフトは、数年前に入手して以来、ずっとしまったままで、まだプレイした事はありません。近々、実際にプレイしてみようと思います!

ちなみに、CD-ROMの「太平記」のほうのキャラクターデザインは、前回の記事で紹介した横山まさみち版のコミック「太平記」の著者である、横山まさみちさんが担当されています。


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足利尊氏のテレホンカード & 楠木正成の甲冑模型

今日の記事で紹介させて頂くのは、私が所有している、足利尊氏のテレホンカード(台紙付)と、楠木正成の甲冑模型です。
いずれも、今から十数年前にネットオークションで落札したものです。

足利尊氏テレカ

楠木正成の甲冑模型

戦国時代から江戸幕府成立期にかけての武将達のグッズや、幕末から明治維新期にかけての志士達のグッズ、その志士達と敵対した新選組のグッズなどは、探せばいくらでもありそうですが(実際、そういう専門店も、専門通販のサイトを見た事もあります)、このような南北朝時代の武将の関連商品というのは、結構珍しいのではないかと思います。

何せ、南北朝時代や、室町時代の前半期・中半期というのは、残念な事にほとんど人気が無い時代ですからね。NHKの大河ドラマも、一部例外はあるもののその大半は、戦国時代か、幕末維新期のドラマばかりですし…。
ちなみに、その例外に当たる昭和54年の大河ドラマ「草燃える」と、 平成3年の「太平記」の両作品は、歴代大河ドラマの中でも特に名作だと私は思っています。「草燃える」については、かなり古い作品故、総集編でしか見た事はありませんが。


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