昨年9月19日の記事の中で私は、『一昔前だと、南北朝時代や、室町時代(但し戦国時代は除く)について書かれた本は、専門書などを除くとほとんど無かったように思いますが、最近は、南北朝時代や室町時代について解説されたこういった一般書が徐々に増えてきており、以前よりは、こういった時代を書籍で調べたり勉強したりする事について、敷居が低くなってきていると思います。良い事です』と書きましたが、本当に、いい時代になったものだなぁと、つくづく実感します。
何と、ついに足利歴代将軍についての一般書(雑誌コードが付されているムック扱い)が出版されたのです!

徳川歴代将軍についての本は、一般向け・子供向けなどでも既に沢山出版されていますが、足利将軍15代についての事実上の入門書といえるような本は、私の知る限りでは、この本が初めてです!

足利将軍15代

上の写真が、この本の表紙ですが、表紙に書かれているコピー「なぜ、多くの戦乱のなか幕府を存続できたのか?」は、室町幕府に対する世間での今までの一般的な認識を逆手にとった、“目からウロコ”的な、なかなか秀逸なコピーだなと思いました。

どういう事かというと、室町幕府は今まで、全国的な統一政権としては非常に脆弱なものであったと多くの人達から考えられてきたからです。
実際、江戸幕府では最後までそのような事は起こりませんでしたが、室町幕府では、家臣に暗殺されたり家臣に追放された将軍もおり、また、将軍自身に全国政権の統率者という当事者能力が無かった事が、あの「応仁の乱」を引き起こすきっかけにもなり、その結果、京都を廃墟にしてしまったのみならず、下克上の戦国時代を招いて世の中を混沌とさせ、幕府・将軍の権威を完全に失墜させる事にもなりました。
室町時代末期の頃には、幕府のお膝元である山城国一国の維持すら困難になるなど、室町幕府にはどうしても“統制力や実行力の欠けた弱々しい政権”というイメージが今まで付きまとってきました。

しかし、本当にそのような脆弱な政権であるのなら、逆に、なぜ室町幕府は約240年間という長きに亘って続いたのでしょうか。
室町幕府の直ぐ前の政権は、後醍醐天皇の親政による、所謂“建武政権”でしたが、その建武政権は、たった2年程しか保ちませんでした。
建武政権の前の政権は、日本で最初の幕府である、源頼朝が開いた鎌倉幕府であり、その鎌倉幕府は、道理と先例に基づいて公正な裁判を実施した北条泰時や、当時世界最大の帝国であった元が日本侵略のために派遣した大軍を撃退した北条時宗などの有能な指導者を輩出し、質実剛健な武家政権というイメージがありますが、それでも、存続出来たのは150年程度でしたから、室町幕府に比べるとやはり短命に終わりました。
鎌倉幕府直前の政権は、平清盛による平氏政権でしたが、こちらも存続期間は非常に短く、事実上、清盛による僅か一代だけの政権でした。
ちなみに、室町幕府の次の政権といえる織豊政権は、室町幕府よりもずっと強力な政権でしたが(そもそも室町幕府を倒したのは織田政権でしたし、その後を継いだ豊臣政権は、義満による最盛期の室町幕府よりも明らかに強大な全国統一政権でした)、こちらも事実上、信長と秀吉という、それぞれ一代だけの政権であり、強大な政権だった割には随分あっさりと終わった感があります。

そういった歴史的事実を鑑みると、「室町幕府はなぜ弱かったのか?」「室町幕府はどうして滅びたのか?」と考える事は確かに重要な事なのですが、全く逆の視点から、「有力な守護大名の台頭や、鎌倉公方の度重なる反逆などにずっと悩まされながらも、どうして室町幕府は二百数十年も存続する事が出来たのか?」「そもそも、二百数十年も続くような長期政権は、脆弱と言えるのか?」と考える事も、同じくらい、とても重要な事であり、前述のコピー「なぜ、多くの戦乱のなか幕府を存続できたのか?」は、まさにそういう事だと思うのです

そして、こういった観点から歴史を振り返り始めると、室町幕府に限らず、他の政権・他の国家についても、今までとは少し見方が変わってきます。
例えば、ここからいきなり世界史の話に飛びますが、あの「ローマ帝国」は、共和政から帝政へと移行した紀元前27年から、東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスが陥落する1453年まで、紆余曲折はあれども一応、形としては国家として存続し続けました。
ローマ帝国は、1世紀末から2世紀にかけて即位した5人の皇帝の時代に最盛期を迎えますが、それ以降は、各地で内乱が勃発したり、帝国そのものが東西に分裂するなどして混乱し、また、勃興するイスラーム勢力との抗争も起こり、国家としては明らかに衰退していきました。
現在ではそういった衰退の面ばかり強調される事が少なくないため、ローマ帝国というのは初期の頃以外はあまりパッとしないなぁ、という印象をつい持ってしまいがちですが、冷静に考えてみると、形態は変われども曲がりなりにも1400年以上も国家として存続したというのは、かなり凄い事です。
つまり、ローマ帝国についても、「どうして滅んだのか?」という従来かのら視点で考えるだけでなく、逆の視点で「なぜそれ程長く続いたのか?」と考えると、今までとは見方も変わり、新たな発見もあると思うのです。

もっとも、ローマ帝国が1400年以上も続いたと聞いてしまうと、「いくら長期政権だったとはいえ、約240年続いた程度の室町幕府って、ローマ帝国に比べると別に大した事ないんじゃね? やっぱり、外国のほうが歴史は深くて凄いんだなぁ」と感じてしまうかもしれません(笑)。
しかし、今回の記事の本題からは外れてしまうものの一応この点についても補足させて頂くと、実はこの点に於いて一番凄いのは、この日本なのです。どういう事かというと、我が国は、現在も存続し続ける「世界最古の国家」だからです。

よく、「中国三千年の歴史」とか「中国四千年の歴史」といった言葉が一人歩きしている事から、中国を世界最古の国と勘違いしている方が多いのすが、現在の中華人民共和国は、建国してからはまだ六十数年しか経っていない、とても若い国家です。
中国にはかつて様々な帝国や王国が存在していましたが、王朝が替わると、新王朝により前王朝の皇帝やその一族は処刑されたり追放されるなどし、その度に王朝が完全に断絶しているため、中華圏という一地域としての歴史は確かに古いのですが、中国にひとつの国家としての連続性は無いのです。
それに対して日本は、政権を担う政体が、天皇から摂関家へ、朝廷から幕府へ、もしくは内閣へと変わろうとも、皇統は初代・神武天皇からただの一度も途切れる事なく現在に連綿と続いており、役職名は変われども時の政権の最高責任者(摂政、関白、征夷大将軍、内務卿、内閣総理大臣など)はいずれも天皇から任命(大命降下)される事でその正当性が保障されてきたため、ひとつの国家としての連続性が認められるのです。
これは何も日本だけが勝手に主張しているような事ではなく、世界で共通認識されている事であり、ギネス世界記録(ギネスブック)で「世界最古の王家」として日本の皇室が認定されている事からも、それは明らかです。

話しが随分飛んでしまった感があるので、ここで一気に話を戻しますが(笑)、そういった観点を持ちながら、つまり、前述のコピー「なぜ、多くの戦乱のなか幕府を存続できたのか?」を意識しながら、これからこの本をじっくりと読んでみようと思います!


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